2015年7月2日木曜日

叫べ、笑え、踊れ、そして涙を流せ<前編>

 実はここ一年ちょっと、軽い引き籠り生活を送っていた。
 思い当たる理由はいくつかあるが、とにかく「人と会うことへの恐怖」がじわじわと心を苛むようになってしまったのだ。
 この、「人と会うことへの恐怖」という感情は非常に厄介だ。
 負のスパイラルに嵌ったら最後、抜け出すのに多大な労力を要する。

 私の場合は、劣等感から始まった。
 直接的な原因は、留学だ。だが、伏線は中学生時代から敷かれていた。容姿、賢さ、運動能力、知力等々、薄らと抱き続けていたさまざまな劣等感が、年月をかけて徐々に膨らみ、ついに抱えきれないほど膨れ上がった時、私の本能は「逃げる」ことを選択した。
 逃げるのだ。友人から。知り合いから。人間そのものから。
 私の人生の中で三指に入る幸運は、中身の濃い高校生活を送れたことだ。優秀な学友に恵まれ、多彩な行事や活動に精を出した日々は、今でも楽しい思い出だ。しかし、同時に、急速に劣等感を抱くようになった時期でもある。魅力的な人々に囲まれて過ごすうちに、自分が酷く場違いな人間に思えてきたのだ。高校卒業後、級友の多くは有名大学に進学し、有名企業や自分の夢に向かって突き進む彼らが眩しく、遊学ごときで萎縮している自分が情けなく思えてきた。
 同時期に留学していた友人たちは、就職活動を始めるとしばらくして無事に内定をもらった。私はというと、留学中の日々に痛切に感じた劣等感に苛まされてそれどころではなかった。
 結局、私は人に会うことを拒否するようになった。友人や知人が眩しいということもあったが、情けない姿を見られたくない、という最後の見栄がそうさせた気もする。とにかく、私は人から逃げることにした。
 部屋に閉じこもって、本やらアニメやらを見て、寝る。自分がこうしてぼんやりしている間にも、友人は先に先に進んでいるのだろう、と思うとますます合わせる顔がない。こんなダメ人間、生きてる意味は果たしてあるのだろうか。いやいや、滅多なことは考えるもんじゃない。でも、みんなとの差は広まっていく一方じゃないか、部屋に籠っていて何か一つでも成長したことはあった?堕ちていく一方じゃないか……
 ぐるぐる、ぐるぐると思い詰めているうちに、「楽しい」「嬉しい」という感情が消失していった。同時に、「怒り」「憤り」あるいは「悔しい」といった感情もどこかへ行ってしまった。気持ちは常にどんよりと曇っていて、ただただ、「哀しい」という感情だけが僅かに残った。

 生物としては生きているが、人間としてはどんどん死に近づいている気がした。
 





キリがいいので一旦区切ります。



今までの統計データ的にそんなに見ている人もいないだろうから、個人的なことを書いてもまあ大丈夫でしょう、という非常に楽観的な考え。需要がないのは分かってますって。
タイトル回収できなかったけど、考え直すの面倒なのでそのままー

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